昭和五十六年十一月二十一日 朝の御理解
御理解第三十七節
生きておる間は修行中じゃ。ちょうど、学者が年をとっても眼鏡をかけて本を読むようなものであろうぞ。
 昨日研修が終わりましてからでしたが、若先生が今度、来年の十五周年記念の様々な事業の亊の報告を受けました。大変、まあ、困難な問題がいくつも、こう、横たわっておると言う感じの報告でした。それだけはでなく、私はある、昨日あることで心にかかる問題がございました。そういう、報告を受けた途端でしたけれども、本を送ってきたと言うてこんな、御本を送っていただきました。これは姫路教会の、教会長が亡くなられて、一年の霊祭に出来ました偲草であります。
 ここにも一回見えた亊がございますが、古川の叔父さんにあたるんです。金光の古川先生の弟さんです。長い間、教官もつとめられました偉い先生です。が、亡くなられて一年の、この本が途端にここへ送ってまいりまして、あけてみましたら「道必ずあり」とこの表題にあります。「道必ずあり」と。もう、私の心は一遍に開けた思いがいたしました。ね、成程、困難な問題が横たわっておる。ね、色んな心にかかわる難儀な問題がある。で、何とはなしに心が重くなるような感じでしたけれども、これを頂いた途端にもう、そこに神の声を聞いた気がするんです。ね、道必ずあり。これは当時それこそ一番偉い先生でしね。高橋正雄と言う先生がおられましたが、丁度、戦災にあわれた後の、姫路教会にみえて書かれたものらしいんです。それをこの御本の表題にしてあるんです。その先生の書かれたものの中に、写真してありますが、ね。何ちゅうんですか。必ず道が開けるとは言ってないのです。わかるでしょうか。必ず、おかげになる、とは仰ってないのです。ね、道必ずあり、と、どういう問題であっても、困難な中にあってもね、必ず、開ける道があるんだと。だから、その道を体得せよ。道を歩け。という亊になるでしょう、ね。道必ずあり、とある。
 教祖金光大神の御信心を頂くと、ここに至たるんです。一切がね、その道を歩こうとせずに、ただ腕こまぬいて、ね。考えぬいておったり、ね。悲観しておったんではいつまでたっても道は開けません、ね。道必ずあり、です。だからその道を、まず、探しす亊です。求める亊です。そしてその道を歩かせて頂く亊なんです。
 昨日、佐賀からという親子三人。親子、叔母さんですけど。三人、佐賀支部の空閑さんのもと教え子であったという若い嫁さんでした。兎に角、難儀な中に主人が自殺をされた。三人の子供を抱えて、路頭に迷う。だから子供をどこかにやりたい。見ていけんから、子供をどこかの里子に出したい、と云うてその子供の時に習ろうた先生の所に相談に来たと云うんです。電話があっておりましたが、昨日その、先生が用があって見えられませんでしたから、その本人達だけで昨日やってまいりました。もう、それこそ、沈みに沈みきってるんですよね。お話なんかがとても耳に入れそうもないんです。そりゃそうでしょうね。それでなくても難儀の中に、主人が亡くなり、しかも自殺と言うような亊である。子供三人残されて、もう、兎に角、路頭に迷うておる。働くにも働きようがない。為に子供を人手に、いうならば、もろうてもらう人はないだろうかというて、先生のとこに相談に来たと言うのです。も、実に哀れな話です。私はそのことをお取り次ぎさして頂いとりましたら、キジですね、鳥のキジ。御心眼にニワトリかと思ったら、ニワトリではない。キジなんです。キジが荒縄でこう、くくられておる。こう羽がバタバタせんごつ。けれども足まではくくられていないですから、ね。くくられたなりでも窮屈ななりでも、ふなら足元をこうやって、、探せば、エサ位はあるんです。ね、キジは飛べる鳥ですけれども、飛び立つ亊は出来ない。飛ぶ亊は出けないけれども、ね。自分が言うなら悲観しておったんではなくてです。自分の足元に喜びがある、と言う亊を発見していく。でけん、でけんと言いながら、やはり子供達にふなら、一日でも食べさせなかったと言う亊もなからなければ、自分があ-、腹を欲したと言う亊もない。ただ思えば行き手が真暗だと言うわけなんでしょうけれども。そこに私は信心がある。ね、これはやっぱり、巡りと言えば巡りであろう。いうならば窮屈な思いをしなければならない時には、やはり窮屈な思いをしなければならないもとは必ずあるんです。ね、まあ、仏教的に因縁とも言うし、金光教に言うと巡り、とこう言うことにもなります。けども、その巡りのおかげで神様を訪ねる亊も出気、信心を頂く亊が出け言うなら、足元にあるエサの捜し方をこれから習うていけば、必ずいうならば十年間の刑が、決められてあったといたしましても、言うならあ-、囚人の勤めがよくてです、模範囚と言ったような亊んなると、十年の所が、五年になるような場合があるでしょうが、ね。と言うようにです。例え窮屈な苦しい中にあつてもです。いよいよそこに道を求めて、道を本気で行ずる気になるとね、もうこの氏子は離してやってもよいと言うて自由に飛び立てる時が必ずくる。
 丁度昨日の研修をしようとする前でしたから、とても話ても分かりそうがない。それをまあ、池田先生がま、昨日の朝の御理解を聞いてました。まあ、なかなか難しかったですよね。昨日の朝の度理解は難しかった。けども、聞いていうならば研修の、また話を後で聞いておったから、私は本人達に言って聞かしても和からんけども、うちの先生方にそれをね、それを今の方達の亊のお取り次ぎさしてもらいよったら、キジがこう言うような状態な所を頂いた。あんた達はどう思うか、とま、一人一人、いろんな、その私が頂いたお知らせについての解釈を皆にして貰った。そして最後に私はこう、こう、こうなんだ、それをだから真剣に頂いておるわけですよね。いうなら、ありゃ不思議なもんです。もうここで、もうね、心が石のように固くなってる。心がしずんでしまっておる。もうどんなにここで、お話をしても入っていかんですね。心がこう、所が皆で頂いとる話の中に、あ、自分達の亊が出手来たもんですから、ちょっと心を開いた感じです。そしていわゆるま、そんなお届けは丁度、研修が始まりましたから、出来ませんでしたけれども、ね。成程、今は自分は羽がこうくくられておるけれどもね、いうならばね、足元に信心の喜びの道を教えてもろうて、そん道を行じていけば、必ず許されていうなら、そん縄が解かれる時が来るだろう。自由に飛び立たれる時が来るだろう。そこん所を楽しみに三人の子供を相手にね、例えば、あ-、苦しい亊であろうけれども、まあ、やって行こうというような思いが少ししたのではなかろうかと思うのです。あとは研修が始まりましたから、分かりませんでしたけどもね。これはその、その方達の亊だけではないです。お互いが難儀を感じたりですね。窮屈である、という時にはです。やはりそういう時なんです。
 もう、私がいよいよ、お商売も出来なくなった年でした。あ-、あ-、もう言うならばえ-、夜中から御祈念を始めて、元旦の朝まで御祈念をし続けた。そん時に時々、神様からお知らせを頂いておったが、御心眼にね、大きな亀がもう、そりこそ、こりゃもう、ひととこだけでもガンジガラメにくくられておる、御心眼を頂いたんです。ハハア-この状態がこの亊だな。今年こそ、来年こそはと思うておったけども、いよいよ又、窮屈になるのかなと思うたら途端にその荒縄をプツ、プツ、プツ-ッとこう切られていうなら、刃物で切られている所を御心眼で頂いた。今までくくられておった大きな亀が四本の足をこうやって出して、首を出して立ち上がったとこを頂いた。ハハア-、今年は楽になるな-。と瞬間私が思いました途端でした。こう立ち上がった四つの足をプツ、プツ、プツ-ッと又、鋭利の刃物で切ってしまわれる所を御心眼で頂いたです。以来、合楽であの亀のお知らせを頂くと私の亊だというようになりましたね。そん時が亀のお知らせ、初めて頂いたんです。ガンジガラメにくくられて商売が出けなくなった、ね。一生懸命おすがりもした。おかげで縄だけは切って頂いて、サ-、ふなら、と、こう立ち上が郎。立ち上がれるな、と今年はこう思った途端に四本の足がブツ、ブツ切られてしまった。もう、それこそ動きも出来ない状態でした。ね、そりから、お商売はもう断念される。まあ、私の話を聞いて人が助かって下さるようになり、いうならば出て歩かなくても、首をこう出しときさえすればまあ、食べていける。といったような状態でありました。ね、私は思うにね、道は必ずあるんです。私共のあのような時ですら、そこから道が開けてんですから。だから問題はその教えに基づく道を求めてのおかげを頂かなければいけないということ。
 昨日、私、ここで感じておった、いうならば難儀な問題さえもです。いうならば本当にそこに神様の声を聞くように、その途端に御本が送ってまいりました。その御本の表紙に道必ずあり。とこれは高橋正雄先生のお言葉だという亊でございますが、頂いた途端にね、私は神の声を聞いた思いがした。思い煩う亊がいろうか、ね。必ず道は開けるのだ。為にはその道を本気で頂こう。そん本気で道を行じようと言う。勿論決心がつく所から、安らぎが生まれてくるわけですよね。心にかかっとったものが解けてくる。そしたら神様から“シルクロ-ド”と言う亊を又頂いた。シルクロ-ドと言えばま、言うならば茨の道でしょうね。もう兎に角、難しい道だそうですけれども、ね。シルクと言うのは、言うならえ-、何と言うですかね。伊万里の吉富さんじゃないけれども、シルクロ-ドとは苦しい道路と、反対に読むと、シルクの反対は苦しい。ロ-ドは道路と言う亊になる。だから苦しい道路なんだとそこをですね。今日の御理解じゃないけども、ふなら合楽ではその苦しいと言う徒を修行として頂くと言う亊です。しかも、生、一生です。だから、ね、楽な楽な、言うなら修行と言う亊ではなくてです。
 昨日、佐田先生が御祈念の時にある教会、ここに関係のある教会の先生が何か、何とかち言うたな。ガウンか、を着て廊下で椅子に寄りかかってこう、ゆっくり、こう、コ-ヒ-でも飲みよんなさると言う姿を頂いたと。どんなに合楽理念の勉強をしよるというてもね。そんな楽な姿勢からは、私は道は開けんと思うです。ね、言うならばシルクロ-ドであるのです。言うならば苦しい道なのだけれども、その道を行ずることが有り難いんであり、ね。その教えを頂いて行くという亊がです、ふなら、元気に、楽しゅう、愉快にすら心ん中に頂けて、言うなら茨の道と思うておった茨の道も又、こんなに頂きようでは有り難く通れると言う亊なんです。
 確かに、お釈迦様が仰ったと言う。この世は苦の世、苦の世界なんだけれども、この世、苦の世界をね、苦の世界とせず。苦の世とせず、ね。そこに生々とした喜びを感じられる手立てが私、合楽理念だと思うんです。
 ね、道必ずあり。と例えば言われても、その道を探そうともしない。道を行じようともしなかったら、私は開けないと思う。しかもその道がです、シルクロ-ドである。ね。柔らかい絹の道と言う意味だそうですね。この言葉は、それこそ柔らかい、ね。絹のような心。いわゆる和賀心。いうならば喜びの心。その喜びの心をもつて、その亊を頂いていけれると言う亊。そういう手立てが合楽理念だと。だから合楽理念を覚えただけじゃでけんて。昨日の御理解じゃないけれども。御理解を頂かん亊で有名だと、私、小野先生の例をとりましたが、昨日、後、親子で参ってみえ、この人、不思議に子供やら、家内やら連れてくると、必ず御理解を頂かれるんです。子供の難儀な問題。よ-く、よく考えると、ふな、子供の難儀な問題があるから、子供を連れて参った。そして子供だけには、教えを頂かせたいという親心があるわけです。だから自分も一緒に頂いていかれるわけです。そして自分の話が出ておって先生自身がね、本当、先生が言われる通りだな。本当に自分は何十年間かお参りしてるけども御理解て言うものを全然聞いて、頂いてなかった。教えが身についていなかったと。もし悟られて、これから、その悟りの道を開いて行かれようとするならば、今からでも遅くはない。ね、あとから聞かして頂いたが、あ-、二辺通りも聞いて帰られたと言う亊です。ですからね、その道をね、本気で歩かせて頂こうと言う決心をつけば合楽では、その道が解かれるのです。だから、解かれても聞いただけでは駄目です。ね、話を聞かんと言うけども、聞いてもそれを守って行じなかったら、尚、悪かです。それをいうなら、行じていくと言う亊が、私、道を歩いていく亊ですから、必ず、ね、道必ずありと言う。成程、必ず道があった亊をね、おかげを受けた後に感じる亊でしょう、ね。どうぞ皆さん、道必ずありと言うのですから、どんな場合であっても、みちああるんです。どんななにもう駄目だと言うような所にいたってもです。そこからの道があるのです。だから、その道をふなら、覚えよう。そしてそれを行じよう、と言う腹がでけなかったら、只、神様お願いします。お願いします、と日参り、夜参りしたんでは、本当のおかげにゃならんと言う亊が皆さん分かるでしょう。道ありです。ですからそん道を歩かなければおかげに到達しないです。そういう意味で私共が一生が修業だと言うような修行のその道の中にはです、どんなにそれこそ、山あり。川ありでしょうけれども、そこには、そこに道ありであり、しかも合楽の場合、その気になってそれを行ずる亊になるとです、ね。確かにその亊が有り難うなってくる。楽しうなってくる。ね、そしていわば、苦しいと言う道ではなくて、有り難い道である。と言う亊の体得も出けて来るのです。ね、今日は道必ずあり。道が必ず開けるとは言うちゃない。道必ずあり。だからその道をいよいよ求めて、行じて行くと言う亊。そこん所を今日は皆さんの、ね、え-頂き所として頂いて頂きたいと思います。     「どうぞ。」